11時ごろ着物に着替えホテルを出てフランシスコの家に向かいました。 昨日、歩行者用大通り(Calzada del Ejercito )でカセッタを建築中だったので、道行く人にその理由を聞いたところ、何とサンルーカルでも「春祭り(FERIA DE LA MANZANILLA)」が6月6日〜10日まで開催されることを知りました。(下のポスターでは6月5日からとなってますが・・。) サンルーカルの春祭りのポスター
日本と異なり街を出るとすぐに畑や牧場が広がります。私達日本人にとってサンルーカルという名前は、ワインが好きな人にとっては、シェリー酒(ヘレス)の中のマンサニージャ(Manzanilla)の産地として有名であり、歴史の詳しい方は約400年前支倉常長一行が船でスペインに到着した場所であり、マゼランが世界一周の旅に出発した地であり、また有名な国立自然公園(Parque Nacional de Don~ana )があるところでもあります。 サンルーカルについては[LINK](英語)、[LINK](スペイン語)を参照して下さい。 道路標示
途中、去年の1月に行ったため、ドニャーナ国立公園の船に乗船できず、しかたなく入ったビジターセンター(Centro de Visitantes Fa'brica de Hielo : 製氷所という意味)があります。 船に乗る時間(約3〜4時間)が無い時は同公園の内容を無料で見学できますので、入館をお勧めします。[LINK](スペイン語) Fa'brica de Hieloビジターセンター
フランシスコのお店は海岸通りのシーフードが美味しいレストラン街(Bajo de Guia)を少し入ったところにあります。 フランシスコのBAR
彼は、私達のことをしっかり覚えてくれて、温かく迎えてくれました。 久しぶりにフランシスコと記念写真
彼にお土産を渡し、お互いの近況を話し、今回は2泊するのでまた明日来る事を告げ、去年フランシスコが勧めてくれたのですが、閉まっていたレストラン(Restaurante Casa Bigote)[LINK]に向かうことにしました。私達はBARを出る時に支払おうとした4杯分のビール代をごちそうしてくれました。
一旦ホテルに帰り、入浴し仮眠後午後9時ごろ夕食を食べに街に出掛けました、偶然経営者がホテルと同じレストラン(Restaurante El Cura:治療または司祭という意味ですが、翌日司祭という意味だとわかりました)で食事をしました。この夜はカメラを持って行かなかったので写真は残念ながらありません。(知らない街に夜出掛けるときは可能な限り余計なものを持って行かない主義なので。)
飲物はマンサニージャをボトル(750ml)で注文し、マリスコスのスープ、スープビカディージョ、アンコウの鉄板焼きサラダ添え、銀むつの野菜煮込みなどボリュームたっぷりで美味しかったです。 デザートにバニラアイスとレモンアイスをいただき大満足でホテルに帰りました。(41.6ユーロ) Restaurante El Curaのレシート
会場を出て、来るときに「休憩」したボデガ(Bodega Cas Botas)で昼食(日本では遅い時間ですがこちらは普通)をとることにしました。 席はお店の外で取りました。午後3時ごろなのに比較的に空いてましたので、ゆっくり食事することができました。飲物は、勿論ヘレス(シェリー酒)が中心です。 お店のメニュー
食事は全てタパス(小皿料理)です。写真でもお分かりのように小皿と言っても結構ボリューム満点です。 一般的にヘレスの料理店のフライ用の油はセビリアと異なり、結構「濃い」感じがします。去年も含め、いろいろなお店でフライを食べましたが、個人的にはセビリアの味が好きです。 Carne de toro(牛肉料理:2.25ユーロ)
彼は妻に簡単に石碑の意味を説明してくれましたが、その石碑の内容の要約は以下の通りです。 "マノロ・カラコル(Manolo Caracol)、カンテ・フォンドの天才が彼の寺院(Cristo de Los Gitanos)に帰ってきた日を記念しここで唄を歌った。 それを記念し、町内会「旧市街」(Casco Antiguo)として記す。 セビリア1987年5月"
以前より気になっていた1992年に開催されたセビリア万博会場に行って見ることにしました。 (セビリア万博については[LINK]を参照。) バスで目的地に行くのは簡単ですが、自分達の足で歩きながら新しい発見をするのも良いと思い、アパートからマカレナ地区を通ってアラミージョ橋(Puente del Alamillo)を渡って行くことにしました。